夜中の散歩

日々の雑感と本の感想とか

差別を批判することは排除じゃないっつうの

差別を批判することは排除じゃないっつうの。

お絵かきサークルやろうというのが無理なのかもしれない、と思い始めた。私は昔から絵を描いてるが、習いに行った場所ファッションイラストの教室だったし、漫画は読むし同人活動してたこともあったけどBL通ってないし、オタクコミュニティのことをよく知らない。絵を描く人の中のオタク率高いな…地雷カプ見たくない人のためにワンクッションとかいう私にとってはなにそれ、みたいなオタクルール的なものを内面化してる人も多いな…オタク同調圧力的なものに疲れました。

お絵かきサークル入った人に「創作を十数年やってますが、地雷踏みそうになったと思ったらワンクッション置いて流すのは常識」と言われて、知らんがなってなった。それうちではやってないんでよそいってください。同性愛ワンクッション、差別ルールだろって言ったら、見たくない人は排除するんですね、かわいそうにとか言われて、そんな屁理屈こねるのかって脱力した。

で、差別主義者は排除って言ったら、それじゃ前のサークルであなたがやられたことと同じだろうと言われたけど、明確に違いますよ〜…

同性愛表現ワンクッションルール、同性愛差別だからね、人権とか多様性を損いましょうという意見をそれを主張する人の人権もある!みたいな屁理屈で多様性に包摂することはできないので、その辺は理解してくれ。ここまで書いてさらに説明を求めるのはさすがにやめてほしい。説明は本来無料でしてもらうものじゃない。自分で学んで。

あと差別って言葉にはさまざまな意味があるけれど悪いことを指す言葉として使ってるんですか?という質問きたんだけど何を聞かれてるのかよくわからずどう説明してもわかんないと思うから困ったなあ

そんなに差別にさまざまな意味ないと思うけどなあ

差別はダメですって言われたら

ある属性を持っているからという理由で人を排除したり抑圧したりしてはいけないんですと言われたとでも思っておけば、まあ多分間違いではない。んじゃないですかね…