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夜中の散歩

いじめについて考えている

違和感を言語化することで得られる効能はでかい

抗鬱剤抗不安薬を飲みながらだましだまし

場所を転々としながら働いている。

メンヘラっぽい諸々の症状がずっと続いていて長時間働くのは困難で、お金がなくなったため、今年から家賃光熱費の五万は親が仕送りしてくれることに決まった。

それなら学校始まってもあと四万くらい稼げば暮らせるかも。できれば月十万は欲しいが、まあ贅沢は言うまい。最小限の労働で

安い古着を着て野菜の缶詰でパスタを作って

ほそぼそと勉強を続けよう。

仕事に行く前に

鍵やガスを執拗に確認してしまう、イヤホンなどのいま必ず必要でない物品を探して遅刻しそうになる、5分か10分遅刻することは実際にある、仕事場に行くまでにパニックになる、仕事場を離れてから、ささっと復習しておけば次回行ったときにスムーズに働くことができるとわかっていても仕事内容のメモがどうしても読めない、研修テキストがどうしても開けない、前日に眠れないので寝不足で出勤したり、ときには寝坊で遅刻したりしてしまって困る、バイト先に連絡できない、電話が来ても怖くて出られない、特にいやなことはなかったはずなのに仕事終わりは涙が勝手に出てくる

さっきブログに、気にしすぎかな、と内心思っていた仕事場での違和感のことをバーっと書き連ねたら思いの外つよい感情が出てきて、長文になってしまった。

他人が特に気にしないようなことや他人にとって小さいことが、自分の中では大きなわだかまりの原因となっているようなことはある。それを抑圧して見逃すといろんなトラブルや症状になって吹き出してしまうみたいだ。ひっかかっていた服装規定のこと、職場のジェンダー観のことについてちゃんと言葉にしてみたら、少し経ってから大きい安心感がやってきた。

そして冷静な気持ちで、バイト先で取ったメモをスマホのメモ機能に綺麗にまとめ直す作業を途中まで行うことができた。

そのあとパキシルのせいもあるけれど倒れるように寝てしまった。なんだったんだろう。

ちなみにブログを書く前はバイト先のメモが怖くて触れなかった、見られなかった。

違和感について書くこと、言語化することの効能は大きいんだなと改めて思った。

ところでいま100記事を少し超えたくらいまでこのブログを更新してきたところなのだけど、文章は未だ下手、冷静に書けず乱文が多く感情に走ってしまう、しかしブログを始めてから、実生活の方で言語化スキルについて褒められることが増えた。的確に言葉を使うね、論理的だね、人にわかるように説明するのがうまいね、など、今まで言われたことがないようなことで褒められると、変わってこられた事が嬉しいと思う。言葉は力だ。