読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

夜中の散歩

いじめについて考えている

中二のときの担任やばかった

前回記事でバスケ部の部長とやりたい委員会被ったのがいじめの原因と書いたけれども、正確にはやりたい委員会被って多数決でバスケ部の部長が勝ったあと名前(私)のほうが素行と成績良いから委員会は名前がやりなさいと担任が生徒間の力関係の微妙な生態系を

完全にスルーして介入、

私の立場を崩壊させ、バスケ部の部長がプライドを傷つけられたことで私に怒りをぶつけてきた(私悪くない…)のがトラブルの発端(委員会即辞退しても遅かった)、そこから便乗したいやつが群がっていじめに発展した。という流れがあって、つまり担任の言動が私へのいじめの引き金。

変なところでひいきはするが、私がいじめられても助けるどころか我慢しろと言うだけで放置するし、他人のいじめ被害を目撃してちくっても遊んでるだけと言い張るし、

担任は非常にアレな人だった。

頭悪い、鈍感、物見えない、責任感ない、気まぐれで人間関係ひっかきまわす、無邪気、明るい、というか物事の明るい面しか見ることができない、派手がわの生徒に好かれる、地味がわの生徒の屈託が見えない。しかもすべての言動に悪気がないからすごくたち悪い。

結局いじめがひどくなりすぎたので私は紆余曲折をへて不登校になり、そのあと私がいじめられたのは余計なことやったあなたのせいでもあるし、

適切な介入しないからいじめがエスカレートしたんだし、

謝罪してくださいと担任に言いに行った。がピンと来てない様子で形だけ謝られた。その後も担任が手続きをミスったため

不登校生徒用の特別日程での試験が受けられなくなりそうになったり、配布物を貰えなくなったりした。担任がやらかすたび、いちいち抗議しに職員室に行ったが、悪びれもせず、忘れちゃったアハハごめん、みたいな感じで謝られた。

二年が終わるころ、いじめられて出てこない、または一日も登校していない不登校の生徒も終業式の日だけは全員集めてクラスのお別れレクリエーション会をやりたい。と担任が電話をかけてきて、気持ち悪いと言って切った。

いじめも公開マスターベーション

最終日にレクリエーション大会をやればすべて無かったことにできるの?楽しめるわけないし…

担任の脳内の花畑ぶりが怖かった。

(戦時下、人体解剖やってた施設でも盆踊り大会やってたらしいし、歴史を振り返ってみたら人類はどんなえげつないこともやってるし、慣れちゃうんだし、崩壊学級でレクリエーションやるなんて驚くほどのことでもないけど、やっぱ自分が渦中にいると驚くし怖い。)

しかも私以外の全員が担任の誘いにのってしまって、不登校もいじめ被害者も加害者も会に行ったということをあとから人づてにきいて全然理解できなくて、途方に暮れた。担任は私以外には好かれていた。いつもニコニコしているおばちゃんだったから雰囲気にみんな飲まれてたのかなあ…本質的にはかなりイッてたけど人は人のことなんかあんま見てないということか

本気で頭いたい。思い出したら身体症状でたよもう七年前なのに。中二と担任はほんとにトラウマ。

事実を書く→

感情が発作的にずどどどどと押し寄せてくるから愚痴ブログ書く→

遡ってあれはなんだったのと考えて、混沌とした記憶を定義し直す→

トラウマを話したり思い出したりするときは事実→感情→事実って順に、最後は事実で終わらせることが鉄則で

感情で終わらせると傷がひらきっぱ

なしになるから危ないらしい。と阪神大震災の時のPTSD治療の本で読んだ。今回は

事実のきろくめものはずが、混沌としすぎてなんか開いて不安定になってきたので寝ます。あと、協調性がないから、と今日でバイトを首になった。

なつかし忌まわしいぞこの感覚。

少しは世に揉まれて身に付いたかと思ってたがだめだったみたい…

協調性がないのと自分がないのだと

生活上困るのは前者で生きる意味とかで困るのは後者だな。

兼ね合いむずいっす。