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夜中の散歩

いじめについて考えている

いじめの後遺症は時間差でやって来ていつまでも終わらない

※暴力的な内容を含んでいます

とにかくいじめだらけの中学から離れたくて、離れないと死ぬと思ったので、知り合いがいない進学塾に通って知り合いがいない偏差値の高い高校に入った。高校に入ってしばらくしたら何もかもが優しいし、何もかもが違っていて、余りの平和さに適応できなくなって頭が壊れた。集中力がなくなった。本が読めなくなって、頭が常にザワザワしてうるさかった。テキストを開くと、タンタンタンタンタンタンと早いペースで焦燥の波が来た。頭が痛くなって下痢をした。めまいがした。イライラした。生理不順になった。授業を落ち着いて聞けなくなった。予習や復習ができなくなった。

勉強にまつわるすべてが怖くなった。

テスト前は勉強しようとしてテキストを開いたりもするが、

取り返しがつかなくなる時間まで、フリーズして動けなくなって、徹夜してもノー勉で、沢山のテストを受けた。点数いち割やひとけた、当たり前。高校入学の頃の学力試験から、最初の定期テストまでで順位が250位ほど下がった。手に力が入らなくなった。字が極端に汚くなった。授業は落書きしながらイヤホンを聴いて、流した。ノートや教科書を無くした。

最終的にノートをとらなくなった。

教室に授業中閉じ込められることが怖かった。そのうちテスト中もイヤホンで音楽を聴くようになった。コードをワイシャツの袖に通したらばれなかった。極端なハイとローを繰り返して、人に怯えて、まったく話せなくなって、徐々に教室で孤立した。そのうち高校に行けなくなった。行けなくなったら、母親が部屋に入ってきて、私が隠れているベッドの布団を剥いで、蹴ったり殴ったりした。行かない理由はなにも聞かれなかった。行くまで殴ると言われただけだった。

母親は、子供を自尊心を高めるためのアイテムだと思っていて、私が進学校に入ったときは自分の手柄のように喜び、私が不登校になったときは、社会不適応な不登校児が我が子だと言うことが恥ずかしくてたまらない。私が傷付こうが痛もうが知ったこっちゃない、ととりあえず思い通りに動かして学校に行かせるために暴力を振るるった。私も母を情け容赦なく殴った。悲しかったが殺したくもあった。でも仲良くしたかった。でもてめえ自殺しろとも、よくも産みやがってとも言った。母を愛していたので、母をゆるせなかった。感情は矛盾をいくらでも抱え込める。狂いそうだった。というか、狂っていた。

中学と高校と不登校になって、そのたびに暴力を振るわれ、暴力を振るい返し、学校にますます行けなくなり、という悪い循環ができた。

最終的に高校卒業後一年引きこもりだった。引きこもり中に勉強していた。一日勉強四時間やったらそれだけで生理が止まった。大学受かった。

母親が、シャネルの口紅とコーチの鞄をくれた。私が殴って蹴って厳しく育てたから大学に受かった、軟弱なお前をここまで叩き直したのは私だ、と

改竄したストーリーを私に話した。

勉強したのは私だ、お前は私に害しか与えてねえよ、ときれた。発狂して玄関ドア壊した。入学式に呼ばなかった。呼ばなかったが晴れ晴れした顔でついてきた。こんなよい大学に入って、誇りだと告げられた。引きこもったら蹴るんだろ、どうせすべて条件付きの肯定だ、母は子供を根底では憎んでる。知っているので、誉められてもね…なぜ子供の手柄を平然と奪うのか、なぜ自我を混ぜてくるのか。なぜそんなに侵入できるのか。私は母の一部じゃないのに。違和感は膨れ上がった。

いっかいめの2年の途中で家出した。

漫喫で寝泊まりしたあと部屋を借りた。それから、

大学受かったあとも対人トラブルで持ち崩し、一年引きこもった。

。焦燥感と勉強恐怖と無気力と抑鬱がいまだに治らない。無理矢理活動しているので、生理不順も治らない。いまだに心が壊れている。根拠なく絶望している。この世に怯えているので根本的に生きていて、楽しめない。感情のベースが不安感になってしまった。不安がないときがない。この先引きこもらないで生きていけるだろうか。就職しくじって永久にカウンセリング受けながらのバイトだろうか。

不安だけど生きてりゃいいや、と

この先生きててもずっとこんなかと思ったら不安だ、のループ。ちなみに実家を出て母とは精神的に縁切った。

LINEで死んでしまえクズ、と何通か送った。母が死んだら捕まってた。生きてても犯罪かもしれないな。やりとりないのに仕送り五万貰ってる。バイトしないと暮らせない。バイトはこわい。生存がギリ。